2025/07/30 10:31
皆様、いつもお参りいただきありがとうございます。
神社にお越しいただく際、鳥居をくぐった後や拝殿の前で、じっと佇んでいる一対の「狛犬」をご覧になったことがあるでしょう。参拝者の皆様を見つめるその表情は、時に厳しく、時に優しげに見えることもありますね。
「あの石の犬のような像は何だろう?」「なぜ口を開けているものと閉じているものがあるのだろう?」そんな疑問を抱いたことはありませんか?
今日は、神社に欠かせない存在である狛犬について、その深い意味や歴史、そして私たち宮司が日頃から感じている狛犬の大切な役割についてお話しさせていただきます。
狛犬とは?その由来と歴史
狛犬の歴史は想像以上に古く、その起源は古代インドや中国にまでさかのぼります。日本には奈良時代、仏教の伝来とともに獅子像として渡来したと考えられています。
最初は仏教寺院の守護神として置かれていましたが、日本古来の神道と仏教が融合していく過程で、神社にも取り入れられるようになりました。そして時代を経るにつれ、日本独自の「狛犬」として発展していったのです。
平安時代には、宮中で獅子と角のある犬のような像を一対で飾る習慣がありました。当時は「獅子・狛犬」と呼ばれており、これが現在の「狛犬」という名前の由来となっています。
私が日々接している狛犬を見ていると、その表情や佇まいから、長い歴史の重みを感じることがあります。何百年もの間、同じ場所で神域を見守り続けてきた存在だと思うと、とても感慨深いものがあります。
狛犬の役割とは?何を守っているのか
狛犬の最も重要な役割は、神域の守護です。俗世と神聖な領域を分ける「結界の番人」として、悪霊や災いが神域に侵入することを防いでいます。
その配置にも意味があります。多くの場合、参道の入り口(鳥居の内側)や拝殿の前に置かれているのは、参拝者が神様の前に進む道筋を見守るためです。いわば「神様への道案内」をしてくれる存在でもあるのです。
また、参拝者にとっては心の準備を整える役割も果たしています。狛犬の前を通る時、その厳かな表情に触れることで、「これから神様の前に向かう」という気持ちが自然と整うのです。
私自身、毎朝神社を掃除する際に狛犬の前を通ると、「今日も一日、しっかりと務めさせていただきます」という気持ちになります。狛犬は神職にとっても、心を引き締めてくれる大切な存在なのです。
「阿吽」とは?口の形が表す意味
狛犬の最大の特徴といえば、口を開けたものと閉じたものが一対になっていることですね。これは「阿吽(あうん)」と呼ばれ、仏教や密教の深い教えに基づいています。
「阿(あ)」は宇宙の始まりを表し、すべての音の最初の音とされています。口を大きく開けて発する音ですね。一方、「吽(うん)」は終わり、完成を意味し、口を閉じて発する音です。
つまり、この一対で**「始まりから終わりまで」「生から死まで」**、森羅万象すべてを表現しているのです。また、「阿」は積極性や動を、「吽」は静寂や受容を象徴するとも言われています。
「阿吽の呼吸」という言葉がありますが、まさにこの狛犬から生まれた表現なのです。二つで一つの完全な調和を表現しているのですね。
左右の狛犬に違いはあるの?
参拝者の方から時々「左右の狛犬に決まりはあるのですか?」というご質問をいただきます。実は、確かに違いがあるのです。
伝統的な配置では:
・右側(向かって右):口を開けた「阿形(あぎょう)」
・左側(向かって左):口を閉じた「吽形(うんぎょう)」
また、古い形式では:
・右側:角のない「獅子」
・左側:角のある「狛犬」
という区別がありました。現在でも、よく観察すると片方だけに角がある狛犬を見つけることができます。
さらに、陰陽道の考えでは、左が陰、右が陽を表すとされ、この配置にも深い意味が込められています。ただし、地域や時代、神社によって違いがある場合もありますので、ぜひ色々な神社の狛犬を観察してみてください。
狛犬の表情や特徴にも注目してみて
長年神社に奉仕していると、狛犬にも個性があることに気づきます。同じ「阿吽」でも、表情や体つき、毛の流れなど、細部に職人さんの技術と想いが込められています。
江戸時代の狛犬は比較的穏やかな表情をしているものが多く、明治以降の狛犬はより力強く精悍な表情をしているものが見られます。これは時代背景や、その時々の人々の願いが反映されているのかもしれません。
また、狛犬の足元に小さな「子狛犬」がいることもあります。これは家族の安全や子孫繁栄を願う意味が込められているのです。
材質も様々で、石造りが最も多いですが、木製や金属製、陶製のものもあります。それぞれに違った魅力があります。
狛犬を見るときに心がけたいこと
狛犬は決して単なる装飾品ではありません。神域を守る大切な存在として、敬意を持って接していただければと思います。
参拝の際には:
・狛犬の前を通る時は、軽く会釈をする
・その表情や佇まいから、神社の神聖な雰囲気を感じ取る
・「阿吽」の呼吸を意識して、心を落ち着ける
・手で触れたり、上に物を置いたりしない
特にお子様連れの方は、お子様が狛犬に登ったり、いたずらをしないよう見守っていただければと思います。狛犬も神聖なものですので、大切に扱っていただけると嬉しいです。
各地の個性豊かな狛犬たち
日本全国の神社を巡ると、実に様々な狛犬に出会うことができます。
沖縄のシーサーも狛犬の一種と考えられており、より親しみやすい表情をしています。出雲大社の狛犬は特に大きく立派で、威厳に満ちています。また、稲荷神社のお狐様も狛犬と同じく神域の守護を務めています。
中には、狛犬ではなく狛牛、狛馬、狛鹿などがいる神社もあります。これらは、その神社の祭神と関係の深い動物が選ばれているのです。
地域によっては、狛犬が**毬(まり)**を持っていたり、子狛犬と戯れていたりする微笑ましい姿も見られます。これらの違いを見つけるのも、神社巡りの楽しみの一つです。
狛犬からのメッセージ
毎日狛犬と接していると、時折「狛犬が何かを伝えようとしているのでは」と感じることがあります。
朝の清掃時、夕方の見回り時、そして参拝者をお迎えする時。狛犬は常に同じ場所で、変わらない表情で佇んでいます。しかし、その存在感は日によって、時間によって、微妙に違って感じられるのです。
きっと狛犬は、訪れる人々一人一人に合わせて、その時に必要なメッセージを送ってくれているのかもしれません。心を澄ませて狛犬を見つめてみると、何かを感じ取れるかもしれませんよ。
まとめ:狛犬と共に過ごす神社の時間
狛犬は、神域を守る大切な守護神でありながら、私たち参拝者にとっては親しみやすい存在でもあります。「阿吽」の教えを通じて、宇宙の調和と完成を表現し、左右の対による完璧なバランスで神聖な空間を保っています。
次に神社にお越しの際は、ぜひ狛犬にも注目してみてください。その表情、佇まい、細かな装飾。きっと新しい発見があるはずです。そして、狛犬の「阿吽」の呼吸を感じながら、心静かに参拝していただければと思います。
狛犬たちは、今日も変わらず皆様の参拝を温かく見守っています。その想いに応えるような、心のこもった参拝をしていただければ、宮司として大変嬉しく思います。
何かご質問がございましたら、いつでも社務所までお声かけください。狛犬にまつわるお話なら、いくらでもお聞かせいたします。